木づかいのコツ 木材の透過性を極める – 『月刊住宅ジャーナル』2019年02月号掲載

守谷インテリア木工所が月刊住宅ジャーナル(株式会社エルエルアイ出版) 2019年02月号で紹介されました。以下に転載します。
全文はこちら( monthlyhousingjournal-1902d1 )。

新連載 直伝 木づかいのコツ 木材の透過性を極める

第4回(全20回予定)
守谷建具(埼玉県)代表 守谷和夫

[ 月刊住宅ジャーナル ]
前回は木材の赤身にある壁孔について顕微鏡写真で観察して赤身が腐りにくいということを実例を通して学びました。また、特殊な技術を使って壁孔を破る技術についての紹介がありました。

[ 守谷 ]
赤身を破るのには特殊な圧力窯が必要なんだ。1m×1m×4mのオートクレーブを手作りで1000万円で自社製作して実験して国際特許を取得した。でも特許を取得して製造ノウハウを保護しても、商品として普及しなければ、特許を維持するために更新料を払い続けるのが大変になってしまって、結局、特許が無効になってしまう。だから守谷建具では、今、申請中の特許もあるんだけど、残念だけど更新をあきらめたものもある。駄目だったもので分かりやすいものについては、もう一つの方向性、つまり「公知の事実※」として、みんなに知ってもらって、木育(もくいく、木の教育)に役立ててもらおうと思ってるんだ。半ば道楽ではじめたことだから、みんなに面白く見てもらえると思うよ。

( ※ 公知の事実 : 特許登録ができない、周知の事実のこと。メディアなどを介して広く閲覧可能な情報も指す。)

[ 月刊住宅ジャーナル ]
それで、今月号はまた新しい木が出てきました(写真1)。これは何でしょうか?

[ 守谷 ]
これはスギの透過性(ここでは液体流動性を指す)を調べるために、今から20年ほど前に奈良の林業試験場の伊藤さん(現在の奈良県林業技術センター)と実験した時の試験体だ。試薬の青い色がついている。時間が立って木の日やけが出てきているから少し見えにくいけどな。圧力をかけて青い試薬(メチレンブルー)を木材の小口から吸い込ませたんだよ(写真2)。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
よく見ると、まだらになっていたり、きれいに通っているものもあります。

[ 守谷 ]
まだらになっているのは、赤身にぶつかって水分が通らなくなった箇所だよ。小口から道管を通ってきた水は、板目の木材の木目にそって木材の断面にまできて染み出てくる。隣の木目が白太ならなら隔壁を通過するが、赤身だと、前回説明した壁孔(フタのついた孔)にさえぎられて隔壁を通過することができない。だから、まだらになっている。液体がきれいに通って全体が青く染まっているのは、赤身で白太が全くない木だ。たまにこういう気もある。
自分は、これを「透過性」と呼んだが、当時は学会ではあまり使われていない表現だった。「透過性」とはガラスが光を通すとか、放射能が通るという、分子レベル、原子レベルで使う語なので、植物が水を吸い上げる導管のスケールで使うのは適切ではないと思われていたのだろう。でも、スギの壁孔というのは電子顕微鏡で見ないと見れないくらいに微小なナノスケールだし、水を通すだけでなく、色んなものを通すから、自分はこれを「透過性」と呼ぶことにしたんだ。

(現在では学術論文でも木材の透過性という表現が見られる。)

[ 守谷 ]
これから空気を通してみる。樹種はスギ、ヒノキ、アガチスだ。片面の小口に家庭用の台所洗剤を塗る。反対側の小口にくぼみをつけて10キロの圧力で小口に空気を入れる。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
片面から泡が出てきました(写真6)。空気が通っている証拠です。

[ 守谷 ]
スギの白太はエアガン10キロで2mは空気が通るが、赤身は通らない。次は赤身にくぼみをつけれやってみよう。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
赤身は、10センチの長さの杉材でも通らないですね(写真7)

[ 守谷 ]
次はヒノキをやってみよう。ヒノキは赤身も通しやすいんだよ(写真10)

[ 月刊住宅ジャーナル ]
短いヒノキは赤身も通しました。長いヒノキの赤身には空気が通りにくいようです(写真9)。全体的に見るとヒノキはスギよりも材が緻密なせいか、杉の白太の方が空気が通りやすいようですね。

[ 守谷 ]
ヒノキの赤身はスギの赤身よりも腐りやすいと言える。だから、ヒノキの赤身は腐らないというのは大誤解だ。
次はアガチスだ(写真11)。あれ、これは通りにくいな(写真12)。通りやすいアガチスもあるんだけどな。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
樹種によって空気が通りやすい、通りにくいというのは、木材に水や空気などを通して加工する際の、歩留まり(生産性)に影響を及ぼしそうですね。杉の白太が一番歩留まりがいいようです。他にも通しやすい樹種はありますか?

[ 守谷 ]
早く成長する木(早成樹)には水を通しやすいのが多い。木材用だとラジアタパインやサザンパインは、すごく水や空気を通しやすい。化学木材加工、不燃木材加工にはラジアタパインは適している。杉、ヒノキをナノレベルで加工するには、真空に近い状態の中で加圧しなければならない。
それと腐りやすい木は通しやすい。腐りやすいということは腐朽菌がつきやすいからキノコの栽培に向いている木だということだ。クヌギとかナラとかは、シイタケのほだ木にするだろう。ああいう木はすごく水を通しやすい。
誰でも簡単にできるから自分でも実験してみるといいよ。(次号につづく)


今回の実験結果

  • 長い杉材(厚 5mm×幅 15cm×長 70cm)
    白太は10キロのエアガンの空気が通った。
    赤身はエアガンの圧力を20に上げても通らなかった
  • 短い杉材(長 30cm)でも、赤身は通らない
  • 長い桧材(長 70cm)は白太のみ空気が通った
    赤身は空気が通らなかった
  • 短い桧材(長 30cm)は、赤身でも空気が通った
  • アガチス(長 40cm)は、赤身も僅かに空気が通った

写真 1 – 杉の透過性を実験した際の試験体

写真 2 – 青いのは薬液が浸透した白太
茶色いのは薬液が浸透しない赤身

写真 3 – 反対側の小口の白太にくぼみを付ける

写真 4 – 家庭用洗剤を杉の小口に塗る

写真 5 – くぼみにエアガンを当てて噴射

写真 6 – 反対側の小口の白太から泡が出てきた

写真 7 – 赤身は短い材でも空気が通らない

写真 8 – 次はヒノキ 赤身と白太に印をつける

写真 9 – 長い桧材は白太だけ空気が通った

写真 10 – 短い桧材は赤身も空気も通った

写真 11 – アガチスも通りやすいそうだが…

写真 12 – ほんの少しだけ泡が出てきた

屋号変更のお知らせ

屋号を「守谷インテリア木工所」に変更

有限会社守谷建具店は、事業の屋号を2018年10月01日より「守谷インテリア木工所」に変更いたしました。

変更の理由
有限会社守谷建具店は建具の製造業者として営業を続けていました。その中で商号に由来する守谷建具店・守谷建具という2つの屋号を運用してまいりました。

近年、建具以外の製品を製造する機会が増えました。このことにより旧屋号から想起されるイメージと実際の営業内容との間に乖離ができていました。この点はマーケティング上の制約となります。
そのために建具以外の製品分野を含めて事業ドメインを「建築分野とその周辺分野における木工製品の製造」と再定義し、屋号を新たに定めてリブランディングとします。
なお商号の変更はありません。

以上。

2018年12月29日
有限会社守谷建具店

fbn_181229.pdf

木づかいのコツ 杉の赤味をナノで観察 – 『月刊住宅ジャーナル』2019年01月号掲載

守谷インテリア木工所が月刊住宅ジャーナル(株式会社エルエルアイ出版) 2019年01月号で紹介されました。以下に転載します。
全文はこちら( monthlyhousingjournal-1901d1.pdf )。

新連載 直伝 木づかいのコツ 杉の赤味をナノで観察

第3回(全20回予定)
守谷建具(埼玉県)代表 守谷和夫

[ 月刊住宅ジャーナル ]
早いものでもう年末です。お仕事の方はどうですか。

[ 守谷 ]
今、今、保育園のドアを作りおわったところだよ。
珍しいイチイの大木が手に入ったから、今からオブジェも一緒に作って納品するところだ。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
これまで2回にわたって連載を続けてきましたが、守谷さんの説明には、木材の熱質量がいくつであるとか、木の比重がいくつであるとか、木材を扱っている業者さんでも難しい説明があることに気づきました。今月号からいよいよ”守谷木材学”の本論に入るべく、ぜひとも教えて下さい。

[ 守谷 ]
俺は中学出てすぐに建具の修行したから、自然現象と実験結果しか説明できないが、木の熱質量がいくつという話を聞いても学会ではわかるけど、日常生活で使わない表現だからピンとこないかもしれないな。でも、例えば、何で40℃のホッカイロで低温やけどをするのに、100度の木のサウナの内にいてもやけどをしないのかとか、そういう疑問は、熱質量を使わないと説明ができないんだ。
木を扱っていると、うまく説明ができないことはたくさん出てくる。だから、俺は木材だと細胞レベルどころじゃなくて、もっと小さなスケールで説明するんだ。
考えるヒントになったのは、この写真だよ。1098年に日本で初めて撮影した。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
丸いモノが見えます。これは木材の細胞ですか?

[ 守谷 ]
いや、細胞よりももっと小さい。杉の心材部、つまり赤身の部分の細胞の壁孔を電子顕微鏡を使って観たものだ。1998年に企業と開発をした時に電子顕微鏡で撮影したんだ。
拡大した写真でよく見ると壁孔に膜がついてふたがされているのが分かるだろ。この壁孔の膜は、赤味にはあるが白太(しらた)にはない。この膜を学会では”弁がふさがっている”という説明をしている。弁と言えば心臓のように閉じたり開いたりするもんだが、実際には、そう簡単に開くものではないんだ。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
この細胞壁孔と膜は、木材の性質とどのような関係があるのですか。

[ 守谷 ]
木が腐らないことと関係している。
杉の丸太の断面を見ると、まわりの辺材は白くなっていて、中心の心材は赤くなっているだろ。白いのを白太と読んで、赤いのを赤味と呼ぶ。
杉の丸太を長い年月、草むらに放置すると、まわりの白太が全部、腐朽菌やシロアリに食われてしまってなくなって、心材の赤味だけが残る。
これをナノレベル(注1)で説明すると、赤味の細胞の壁孔がふたで閉じられているので、次の細胞に空気がいかない。だから腐らないので残るという説明になる。

[ 月刊住宅ジャーナル ]
つまり、赤味は赤色、白太は白色という風に、色で区別するのではなくて、ナノレベルで違いを区別すると、木材の腐朽の原因をより科学的に説明することができるんですね。

[ 守谷 ]
木材の腐る原因には、空気、水、温度の3つがあると考えればいい。
このうちのどれか一つがなくなると、木材は腐らなくなる。例えば、古代杉といって、長い間、噴火の火山灰に埋もれて地中に埋もれていた杉があるだろう。なぜ古代杉が残るかというと、空気のほとんどない状態で埋うまっていたから、木が腐らなかったというわけだ。同じように、水がなければ、あるいは温度がなければ、木は腐らなくなる。
杉の赤身がなぜ腐らないかというと、赤身の細胞壁孔が膜で閉じられているので、空気が通らない。だから腐らないんだ。
この性質を利用すると、いろんな木材の開発ができる。この杉材の細胞壁孔の写真は、杉を使って人口の琥珀を作り出す時に撮影した写真だ。この技術でアメリカとドイツで国際特許を取得したんだ。
赤身を高温150℃で真空状態にしてから釜を空けて空気を入れ、瞬時に常気圧に戻すと、細胞壁孔の膜が敗れる(写真)。この孔の処理を施して(写真)、孔の中にモノを入れると全く新しい材料ができるというわけだ(注2)。

注1:
ナノメートル(nanometre、記号nm)は、国際単位系の長さの単位で、10億分の1m 1nm = 0.001µm(マイクロメートル)

注2:
杉材の壁孔の走査型電子顕微鏡写真(1万分の1スケールで撮影したものを拡大)。杉材の心材部を10x20x5mmほどの寸法にカットして、接線断面から軸方向の細胞の有緑壁孔を観察。試料を金蒸着し、二次電子像を観察。


イチイの銘木

杉材の細胞壁孔

杉の赤身の細胞壁孔の拡大写真 壁孔は膜で閉じられている

杉の赤身の細胞壁孔の拡大写真 壁孔は膜で閉じられている

草むらに30年放置すると赤味は残る

破って膜の孔に処理をした状態

細胞壁孔の膜が破れた状態